『永遠亭のとある一日』

 永遠亭の奥座敷にて朝食の最中、主である蓬莱山輝夜と八意永琳は、どちらからとも無く目を見合わせ、今日が「その日」であることを確かめ合った。

 食後、輝夜が狩衣に着替える着付けを手伝いながら、永琳は言う「姫様、このような汚れ仕事は私どもに任せてくださればよろしいでしょうに」すると輝夜が答える「あら、私の楽しみを奪うのかしら...」その質問に永琳は無言で答える。

 これまで何度も、忘れてしまうほど昔から繰り返されてきたやり取り。その日の体調や機嫌を伺う挨拶のようなやりとりであった。

 輝夜が着たのは、時代が下って形骸化し礼服としても用いられるようになった狩衣ではなく、狩猟の際に用いられた本来の戦闘的な、無地な上に地味な色味を持ち自然に溶け込む原始的な装束だった。見ようによっては野良着や夜着に見えなくも無い。

 輝夜が奥座敷を出て、長い永遠亭の廊下を進むと、その姿を見た永遠亭の使用人である女中兎たちが途を空ける。明らかに兎たちは輝夜を恐れていた。(『兎』とはいっても、永遠亭の兎は齢降りて尻尾が二股に割れ、人語を解するようになった化け兎・妖怪兎たちである。少女のような姿かたちをしているのは、幻想郷の多くの妖怪がそうであるように、人間の男を騙し・(たぶら)かして捕食するための擬態にすぎない)

 音も発てずに宙を滑るように歩く輝夜は、まるで忍者のようである。

 輝夜はそのまま永遠亭を音も無く飛び立ち、永遠亭の周囲に広がり竹林で外界と隔てられた畑へと向かう。

 畑では、兎たちの好物のニンジンをメインに、とうもろこしやナスやカボチャなど、数多くの野菜を育てるために永遠亭の使用人(兎)たちが農作業をしている。

 物陰からその様子を伺う輝夜の目は、風下の茂みから水場に集うシマウマやインパラを狙うライオンのような、捕食者の輝きを帯び始める。(ウサギが一匹、ウサギが二匹...一番おいしそうなウサギちゃんはどれかな〜!?)

 輝夜は、ナスの実の間引き...大きな実を得るために、増えすぎた実を小さなうちに摘んでしまう作業に没頭している一匹の白兎、すんなりと手脚が伸びた健康そうな一匹の白兎に目をつけた。(実際はどうだか知れたモンじゃないが、一見幼そうにも見える()(うさぎ)である)

 気付かれないように背後に回りこみ、音も発てずに飛び掛り、()(うさぎ)の手首をがっちりと捕らえる輝夜。

 一瞬、ナニが起きたか理解出来ず目を白黒...いや、紅白させる()(うさぎ)

 ()(うさぎ)は、自分を捕まえたのが輝夜であることに気付くと、顔面は蒼白となり恐怖のあまり立っていることも出来なくなり、へなへなと全身が脱力してその場にへたり込んでしまう。

 輝夜はそんなことにはお構い無しに、地べたの上をずるずると()(うさぎ)を引き()っていく。

 ()(うさぎ)は顔中涙と鼻水と(よだれ)でぐちゃぐちゃにしながら(ゆる)しを()う...

 「ごめんなさぁぃ、ごめんなさぁぃぃ、もうニンジンの盗み食いなんかしませぇん、(ゆる)してくださぁぃ...」

 輝夜は()(うさぎ)を引き()りながら想う...

 「バカな()だ、お前に罪などないのに...罪があったにしても、それはお前が今から受ける仕打ちとは何も関係が無いのに... そうやって(ゆる)しを()えば()うほど自分の罪を認め、他の兎たちがお前を見捨てる言い訳を提供することにしかならないのに...本当にバカな()だ」

 輝夜は永遠亭の奥座敷にまで()(うさぎ)を引き摺り込むと、ピシャリとその戸を閉めてしまう。
引き摺り込まれた兎がどんな罪を犯したのか、どのように罰せられるのかは一切公表されない。

 

なぜ罰せられるのか、どのような基準で罰せられるのかが明確でなければ、罰せられる側の立場の者は疑心暗鬼に陥る。萎縮して少しでも支配者の都合のいいように振舞おうと努める。罪悪感を抱き操り易くなる。中には、恐怖のあまり仲間であるはずの他の兎の罪を告げ口して自分だけ助かろうとする者まで現れる。

もちろん、告げ口された側の兎はすぐに処刑されるが、告げ口した兎もそれほど遠くない未来に処刑されることになる。仲間を売って自分だけ助かろうとするような兎は、この永遠亭の裏の仕組みに気付き始めた兎であり、決して放置は出来ないからであった。

兎たちは知っていた。奥座敷に引き摺り込まれてしまった兎は、二度と帰って来ないことを。そして、その日の夕食には必ず肉料理が出ることを。その翌日には高く売れる高級食材としての肉が、人間の里に売りに出されることを。さらに数日後には、手袋やマフラーやコートなど、高級な毛皮商品が人里の商店に並ぶことを。

この、輝夜による「兎狩り」は一石二鳥どころか、四鳥にも五鳥にもなる便利な仕組みなのだった。
 永遠亭の食料(特に肉)の自給。高級食材と毛皮による収入の確保。使用人(兎)たちの綱紀(こうき)粛正(しゅくせい)と輝夜に対する絶対服従の徹底。繁殖力旺盛で増えすぎる傾向のある妖怪兎たちの口減らし。口減らしとは一見矛盾するように感じられるかもしれないが、兎たちの少子高齢化対策。(「間引き」をし、人口(兎口)密度を低く抑えた方が出生率は高くなり、また、いつ死ぬかわからないという適度な緊張感が「子孫を残さねば」という繁殖への意欲を刺激するのだ) そして最後に、輝夜と永琳の『お楽しみ』のために...。

 

 ()(うさぎ)が引き摺り込まれた奥座敷には、気だるそうに背中で柱に寄りかかり腕組みをした永琳が待っていた。

 絶望の淵の瀬戸際で救いを求めていた()(うさぎ)は永琳の姿に希望を見出した。手の届かない偉い人ではあるけれど怪我をしたときにはいつも優しく手当てをしてくれた永琳先生。病気で熱を出すと、普段は滅多に口にすることが出来ない甘くてひんやりした薬を口に流し込んでくれた永琳先生がそこにいるのだ。

 だが、()(うさぎ)の最後の希望は見事に打ち砕かれることになる。永琳先生は、いつものように優しく微笑んでいる。菩薩のような、聖母のような微笑の裏側に、まるで「北ポルトガル風 子羊のステーキ ポートワインソースがけ」や「南プロバンス風 子牛のソテー チーズがけ」の材料を見るような輝きが宿っていることに()(うさぎ)は気付いてしまったのだ。

 

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